俺が気付いた時周囲の風景は完全に一変していた。

そこは薄い緑の膜に覆われた空間・・・

だが、その周囲には・・・何だこれは?

真後ろには三年前の光景が、右手には二年前の真夏の悪夢、真上には十四年前の全てを失ったあの日の事が足元には数週間前までの『凶夜の遺産』との死闘が・・・同時進行で映し出されている。

そればかりではない、三百六十度全てに映像がある。見覚えのある人もいればまったく見ず知らずの人物もいる。

過去と思われる映像もあれば遥かな未来の映像もある。

「これは・・・」

「ここは時空の狭間」

その声と共に『凶夜』が現れる。

「時空の狭間・・・」

「そうだ。ここならば邪魔は入らん・・・思う存分決着をつけられる」

なるほど・・・確かにここならば周囲の影響も考えずに思う存分戦える。

「さあ・・・始めるか。我々の決着を」

そう言うと、指で印を形作る。

空間に黒い穴が現れ、そこに手を入れる。

引き出した時現れたのは、およそ十センチ程の柄のような物だったが、それを『凶夜』が軽く念を送っただけでそれは映画でよく見る光線剣と呼べるものに変貌を遂げた。

「まずは小手調べと行こう」

そう言い放つと高速で俺の懐に飛び込む。

しかし、その瞬間俺は『直死』に領域を引き上げ、『古夜』を振るい『凶夜』の剣をぶつ切りにする。

確かに速度はあるがこの程度の速度『閃の七技』の足元に及ばない。

「ふざけるな・・・この程度、小手調べにもなりはしねえ・・・」

吐き捨ててから懐に飛び込む。

「そうだな・・・しかし、これはどうだ?」

素手となった『凶夜』の掌から熱がこもり、光線砲が発射された。

「!!!」

体勢を強引に立て直し、ぎりぎりでかわすが、この一撃を掠めたコートが消し炭と化した。

もし直撃を受けていたら・・・

予測は出来ていたが現在の退魔機関の技術の粋と最新技術を結集したコートはまるで役に立たない。

「まったく・・・とんでもない化け物だ。詠唱も無しでこんな事を」

俺は完全に無用となったコートの残骸を脱ぎ捨て、『凶神』を抜刀する。

「それを言えばお前だって十分な怪物だぞ兄者。あれをかわすなんて」

「昔から死に対する直感だけは敏感だったからな」

「そうか・・・ではこれはかわせるか?」

再度、熱が集まり今度は拡散した光線砲が発動される。

その数八つ。

「じゃあ力比べと行くか・・・」

俺は『凶神』から『八岐大蛇』を放出。

白濁した光線と真紅の大蛇がぶつかり合い相殺される。

しかし、既に俺は合間を縫うように駆け至近に接近していた。

見たところ『凶夜』の能力は中・遠距離に集中しており近距離及び白兵戦にはそれ程専門では無いようだった。

「くっ!!」

その予測通り『凶神』と『古夜』の連続攻撃に防戦一方となる『凶夜』。

だが考えてみればそれも当然。

かつて始祖『七夜』が生み出した『閃の七技』を始めとする数多くの暗殺技法は己の能力が巨大過ぎておいそれと使えなかった為磨き上げてきたもの。

能力に不自由しなかった『凶夜』と比べ近接戦に優れているのは至極当然の事だった。

しかし、これ以上俺の土俵での戦いを嫌ったのか地面(?)を踏み鳴らすとやけに暗い縦穴が現れその底から地獄の亡者を彷彿とさせる死霊が湧き出る。

近距離では捌ききれないと踏んで、距離を置いてからそれに対抗するように『雷雲』を発生させ迎撃する。

『雷雲』から放射される幾万の雷撃が死霊を根こそぎ駆除する。

それ程時間を稼いだ訳でもない。

しかし、『凶夜』にとっては十分な時間稼ぎだった。

奴は右腕をまたもや空間にぽっかりと空いた空洞に差し込む。

そして出してきたのは・・・形状で言えばバズーカ砲、まだは無反動砲と呼ぶべき代物だった。

だが、それを構えた瞬間、魔力が凝縮される。

「冗談だろ・・・」

この魔力量尋常じゃない!!

こんなもの普通に地上で撃てば惑星一つ軽く消し飛ぶ!!

「これが当たれば時空もただで済むまい。避けられるかな?」

「野郎!!」

俺は『凶神』を構え『竜神』を発動させる。

同時に奴の魔力砲が発射され、中央でぶつかり合った。







舞台を変えよう。

『七夜の里』跡の各地でも『八妃』と『六遺産』の死闘が始まっていた。

「では行くぞ・・・魔狼よ!!出し惜しみはなしだ!!我が存在全てを賭けて眼の前の妃を打ち破れ!!」

里の南西部、草原地帯では幻陶の言葉を受けて狼は遠吠えと共に赤い毛皮を更に紅く輝かせ、アルクェイドと相対する。

「随分と凄い事するわね・・・でもね私だって負けられないのよ!!」

同時に突風の様な速度で魔狼とアルクェイドは突っ込む。

そして衝突地点で一人と一匹はぶつかり合う。

魔狼の牙をかわし爪の一撃で頭部を吹き飛ばそうとするアルクエィド。

しかし、それをあっさりとかわす。

噛み砕こうとすれば避けられ、力任せの拳の一撃を回避する。

暫く漫画の世界の様な高速白兵戦が続いた。

しかし、それに終止符をうったのはアルクェイドだった。

「たあああ!!!」

一旦牽制の一撃で距離を置いてからアルクエィドの気合の篭った声と共に追撃の衝撃波が襲い掛かる。

それも一発でなく続けざまに合計六発をほぼ同時に、それも魔狼を包囲するように。

到底かわせる筈も無い攻撃である筈だがこの魔狼は何処までも想定を遥かに越えた怪物だった。

確かに同時に近いタイミングで放たれたが『完全に』同時では無い。

『ほぼ』同時である。

その微かなタイムラグで生じた僅かな間隙、普通なら通れる筈の無いそれを事もあろうかすり抜けて無防備のアルクェイドに突撃を敢行する。

「うそっ!!」

いくらなんでもあれをかわされるとは予想外なのか立ちすくむアルクェイド。

そこに容赦の無い魔狼の爪が踊りかかる。

「!!」

間一髪で立ち直り回避するが完全に避けられた訳では無い。

布地が裂ける音と共にアルクエィドの右肩から左脇腹に生々しい傷跡を残した。

純白のタートルネックトレーナーは無残に切り裂かれ、裂け目から見えるトレーナーに負けない位の白い肌からは血が滲んでいた。

だがそれも直ぐに癒える。

だが、アルクェイドもやられっぱなしでは無い。

カウンターで入った一撃が魔狼の腹部に風穴を開けていた。

やはりこちらも直ぐに癒えたが、そのスピード破壊力、共に魔狼を遥かに凌駕していた。

それも当然の事、志貴の『極無』によって吸血衝動を生誕時の零にまで戻した事で、ぎりぎりで押さえ込んでいた以前は十の力の内六を衝動を抑える為に使っていたのに対して、今では三分の二にまで軽減されていた。

すなわち今現在、アルクェイドの戦闘力は最盛期に戻ったと言っても過言では無い。

「つ〜、油断したわ。それにしてもこれどうしてくれるのよ!!せっかくのお気に入りだったのよ!!」

その為か、アルクェイドの反応はどこかずれたものだった。

「やれやれまだ余力を残しているか・・・これは乱蒼達に任せなくて良かった。私でなくては到底抑えられん」

それに対して若干辟易した口調なのは幻陶。

「それか六体全部私に回した方が良かったんじゃない?」

「そこまで手を回す必要は無い・・・お前を過小評価していたのは事実だが他の妃の事もまた過小評価していない・・・やはりこの手か・・・まあ良い。どの道私達に先は無い。それなら使わぬ手は無い!!魔狼よ最後の命を下す!!我が存在、我が残り時間、我が魂!!全てをお前に託そう!その代わり宿願を果たせ!!

幻陶の号令が響き渡ると同時に、魔狼は何の躊躇いを見せる事無く、幻陶自身を食らった。

「へ??」

あまりの事に呆然としていたが、すぐに警戒しながら構える。

幻陶を食らった魔狼の魔力が爆発的に膨れ上がると同時に肉体自体も膨張を始め、あっと言う間に以前の倍近い巨体と化した。

「・・・あんた随分無茶するわね・・・そんな事したらあんたの魂無事じゃすまないわよ」

(ふふふふ・・・そんな事当に知れている。だが、『神』が復活した今我らが『六封』として存在していられる時はごく僅か。その僅かの時を与えて下さった『神』のご恩に報いる為にも我らはお前達をここで食い止める。さあ、妃よ。第二幕の幕開けだ)

「良いわよ。その代わり今度は肉片一つも残さないわよ」

そう言い合うと同時に突っ込む。

戦闘の再開だった。







一方、南部の森林部分では

「たあ!!」

シエルと乱蒼が戦いの真っ最中だった。

次々と足元から背後から前方左右・・・ありとあらゆる所から奇襲を仕掛ける触手をシエルは巧みに回避し乱蒼本体に黒鍵を投げ付ける。

だが、それも触手の防衛によって砕かれ弾かれ、お互い決め手に欠けるのが現状だった。

無論シエルには切り札第七聖典がある。

しかし、『パーフェクトモード』・『グラスパーモード』共に溜めがある為、この様な高速機動戦ではおいそれと使えない。

そして乱蒼の方はと言えば、若干の苛立ちも含めてシエルを眺めていた。

この森林地帯での戦闘、予想以上にシエルに利がある。

己の奇襲を時には木から木に飛び移り、時には大木を盾とし壁として難を逃れる。

いくら彼の触手がありとあらゆる空間に姿を現せるとは言え、それは空間の狭間にある時の話。

現れてしまえば、普通の人間や物体と同じく障害物に悩まされる。

「ちっ・・・全ての触手を動員するべきか?」

それをすれば今度は本体の守りがおろそかになる。

だが、このままではいたちごっこも良い所・・・

一瞬だけ躊躇したほんの僅かな隙を狙いシエルが触手を強行突破し遂に乱蒼に肉薄する。

「!!まずい!」

「逃がしませんよ!!」

シエルが構えたのを見た乱蒼は逃げ切れないと判断を下し防衛の為全ての触手がシエル前面に展開する。

しかし、その時既に第七聖典『グラスパーモード』の銃身が回転を始め、

「コード・スクエア・ショットモード・・・ファイア!!」

聖典の雨が掃射された。

その全ての銃弾が触手を吹き飛ばし本体も五分の三が粉砕される。

それでも主である乱蒼には傷一つ付けない事は立派であったが。

「くっ・・・よもやここまでとは・・・守りだの後先だの考えていた俺が愚であるか・・・それならこうしよう」

一人肯くと乱蒼は自らの体内に己の象徴を押し付ける。

すると何の抵抗なく乱蒼の体内に入り込む象徴。

だが異変はそこから始まった。

全身からあの触手が湧き上がり、乱蒼自身も黒い霧に覆われる。

「なるほど・・・自分と一体化することで守りと攻めを効率的に行うつもりですか・・・ですがそれはこちらにとっても好都合。貴方を滅ぼせばそれで終わるのですから」

「そう上手くいくかな?」

「いかせて見せますよ」

「これを見てもか?」

そう言うと、乱蒼自身が地面に飲み込まれる。

「妃よ・・・ここだ」

背後から触手が噴き出しシエルは手慣れた動作で回避する。

だが、直ぐ眼の前に乱蒼本人が姿を現す。

「えっ!!」

咄嗟に眼に入った木の陰に入ったおかげで回避出来たが今のは際どかった。

「先程よりは出来ると言うことですか・・・ただ、消え始めてますよ」

乱蒼の身体から瘴気が噴き出しそれに従い透け始めていた。

「それも道理、そもそも象徴との融合など無理の極み。それを上手くいかせるには己の魂を対価とするより術など無い」

消えつつあるというのに淡々と・・・いや、笑みすら浮かべて応じる乱蒼にシエルは絶句する。

これが『遺産』に己の意思で成り果てたものの強みだというのか?

いや、むしろ狂気に近いだろう。

「さあ再開と行こう。他の者も後先を考える気は無くなったようだしな」







「えい」

「甘いわよ!!」

道化師の放つジャグラーを回避するがジャグラーは朽ちかけた角材に命中し角材は意思を持ち秋葉に襲い掛かる。

それを身じろぎせず根こそぎ略奪する。

「てんで大した事ありませんわね。見ていれば癇癪持ちが手当たり次第に物を投げ付けるのと大差無いわね。全くあんた自分じゃあ何一つ出来ないのね」

勝ち誇る様に紫影を嘲る秋葉。

「仕方ないよ。これが僕の能力であり僕の戦い方なんだから」

気にする様子もなく淡々と事実だけを口にする紫影。

「まあ良いや。やっぱりお姉ちゃんの能力じゃ僕は不利だな・・・じゃあ・・・道化師」

その号令と共に道化師が急速におぼろげな姿からはっきりとした輪郭を現し、何故か地面へと潜って行った。

「??」

首を傾げていたが直ぐにその表情が険しくなる。

周囲の秋葉を除く全ての物体が道化師と同じ気配を放ち始めた。

「何??」

「うーん『傀儡空間』とでも呼べば良いかな?ともかくこの周囲は完全に僕の・・・ううん、道化師の支配下に入ったよ。そう・・・お姉ちゃんを残して」

「え??」

その瞬間足元の草が道化師の手となりあのジャグラーを投げ付ける。

「!!」

ぎりぎりでかわしたが今度は木の枝が変貌を遂げる。

「きゃあ!!」

反応が数瞬遅れた。

ジャグラーが秋葉の右足の指先に命中する。

「危なかったわね・・・まあ掠めただけだけど」

「それはどうかな??」

面白そうに告げる紫影。

右足の親指が秋葉の意志に関係なく痙攣を始める。

そしてそれは徐々に足全体に広がる感触がある。

「な、何なの??」

「この空間では道化師の影響に入ればみんな絶対の支配下に入るんだよ。例え掠めただけでも・・・まあその代わりこれ出しちゃったら僕は消え失せるだけだけど」

秋葉の表情が引き攣る。

「な・・・あ、あんた・・・」

秋葉の言葉を無視して紫影は言葉を繋ぐ。

「無論時間はかかるけどね。お姉ちゃんの場合、指先に掠めたから・・・二十分から三十分って所かな?そして僕が消え去るのが大体同じ時間かな?」

「くっ!!ならばその間に!!」

「そう行くかな??」

見ると草が木が廃材が全てが道化師の腕となり臨戦体勢を整えていた。

「上等よ。まとめて略奪して差し上げるわ!!」

「ふふふ・・・じゃあ勝負だね。僕が消え去るのが先かお姉ちゃんが支配されるのが先か」

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